ちいさなキセキ

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小倉・下関の旅 その16 〜日本のモナリザ? (やっとエピローグ)〜
ようやく小倉・下関の旅もエピローグ。
最終日は雨。
前夜もかなり飲んだ。
(三連休とはいえ中日の日曜日は閉まってる飲み屋が多かった。)
二日酔いではないけど、結構疲れが出てきたし、そのまま帰ろうかとも
思ったけれど、下関市立美術館まで足を運ぶことにした。
どうもこの美術館が気になった。こういう旅の直感って結構当たる。

地図で見ると結構距離があって歩くのは無理のよう。
下関市立とはいえ、長府に近い場所のようだ。
無理したくないからちょうどいいと駅のバス停へ。
ホテルをチェックアウトする前に何気にフリーペーパーの観光マップを
見ていると長府は狩野芳崖の出身地だということがわかった。

死ぬまでに一度見てみた絵。
それはダビンチの「モナリザ」でもなく、レンブラントの「夜警」でも、
ピカソの「ゲルニカ」でもなく…
そう、一度ぜひ肉眼でみたいのは狩野芳崖の「悲母観音像」。

江戸時代も末期になると狩野派も伝統が重んじられ
(ある意味窮屈な)流派となっていた。
そんな中で、基本を踏襲しながらも
子供の絵を見てその中に感動を発見したり、
伝統とは(ある意味真逆な)芸術を胸に秘めた画家。
その狩野芳崖の最晩年に何度も何度も描いた未完の名画が悲母観音像だ。

3年前に東京出張のたびに、上野の芸大美術館へ電話して
展示していないか問い合わせをした。
が、結局見ることはできなかった。

下関市立美術館へ行けばせめて習作でも見ることができるかも
しれない。
そう思って雨の中、バスに乗った。
30分ほどかけてやっと到着した。
心が躍った。ほんと、躍り上がった。憧れの名画が近づいた。
しかし、すぐにそんな浮ついた心は雨に打たれることになる。
なんと美術館は3月まで改装のため閉館だった。

塀の上から覗くフォーリフトの腕が舞い上がった心の羽根を打ち砕いたようだ。
歩道橋を渡って反対車線のバス停へ。
来た道と同じ道をバスで駅へ向かう。
同じ道のりなのに往路よりもバス停が多く、時間も妙に長く感じた。

広島に帰った後、久しぶりに悲母観音像をホームページ上で検索して調べてた。
そして発見してしまった。
昨年、なんと芸大美術館と下関市立美術館で狩野芳崖の回顧展、
まさに悲母観音像制作までの軌跡をテーマとした展示会が開催されていた。
その間に東京へ出張へも行った。それに下関なら近いからその気になれば
すぐに来れたのに。まったく気付いていなかった。

でもあの雨の中、むなしくバスで1時間あまりの道のりを往復して
いなかったらきっと広島に帰ってから検索もしてなかったのかも。
考えようによってはあの雨中の残念なことがあったせいでこの事実に
行き着くことができた。

3年前に何度か芸大美術館に電話したことも、もしかして
美術展開催に影響あったりして・・なーんて思ったりもした。

いつか会うことはできるだろうか「悲母観音像」
絵の中の観音の表情も気になるが、それ以上に光に包まれた子供が
どんな存在感なのか、間近で体感したい。

いづれにしてもこんな後味の旅は初めてだ。
| NINJIN | 旅〜小倉・下関編(2010.01)〜 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









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